大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(う)1201号 判決

被告人 雨宮宗重

〔抄 録〕

検察官の所論は、これを要するに、原判決は採証の法則に違反し、証拠の評価を誤つた結果事実を誤認し、且つ法律の適用をも誤つたものであり、右各誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのであり、弁護人の答弁は原判決は正当であるから、本件控訴は棄却されるべきものであるというのである。

よつて按ずるに、本件公訴事実は、「被告人は、昭和二十七年四月二十四日午前一時半頃、肩書本籍地の自宅において、諏訪郡富士見町落合字富里(当時同郡落合村字富里)九九八四番地雑貨商油屋こと下倉義一方に忍び込んで窃かに金品を盗み、家人に発見された場合には、家人を縛り上げ或いは脅してこれを強取しようと企て、麻繩、鋏、鉈等を携えて同日午前二時半頃右下倉方に至り、同所で右鉈を薪棒に替えてこれを携え、同家裏口より二階四畳半の間に侵入し、物色しているうち同所に就寝していた同人養女満茂留(当時二十一年)及び同女の夫敦志(当時二十七年)に発見されたので、矢庭に右薪棒をもつて右両名の頭部等を殴打し、以つて同人等の反抗を抑圧して金品を強取しようとしたところ、右敦志に組付かれて抵抗され、且つ捕えられようとしたため、その目的を遂げなかつたが、右暴行により、同人に全治迄約十日間を要する全身打撲擦過挫傷等の、右満茂留に全治迄約十日間の前頭部打撲傷の各傷害を負わせたものである。」というのであり、これに対して原判決は強盗傷人罪の成立を否定し、被告人の所為は強盗予備、住居侵入及び傷害罪を構成するに過ぎず、これらの各罪については、本件公訴提起当時(昭和三十七年三月九日)既に公訴時効が完成しているから、被告人を免訴すべき旨の言渡をしたものであることは、検察官所論のとおりである。

而して、原判決は右の場合において、強盗傷人罪が成立しない要点は、被告人において窃盗罪に着手した後逮捕を免れるために暴行をなしたこと又は強盗罪の構成要件たる金品を強取する手段として暴行をなしたことはいずれも認められない点にあるというのであるが、今、検察官の所論に徴し記録を精査し且つ当審における事実取調の結果を斟酌しても、原判決の右判断には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認は存在せず、その他採証法則の違反、法令適用の誤等も存在しないといわなければならないのである。

すなわち、とりわけ所論の強調する論旨のうち、被告人が右暴行を被害者らに加える以前において金品の物色をし、いわゆる窃盗行為に着手していると認むべきか否かについては、被告人の原審第二回公判における供述をはじめとして、司法警察員及び検察官に対する各供述調書中に、「部屋に入つてから何か盗る物があるかと思つて部屋の中を見まわした」という趣旨の供述もあるが、被告人は当審においては、「何か盗るものがあるかという意味で部屋の中を見まわしたのではない」という趣旨の弁解をしているのであつて、原審はこの点については、犯行当時の室内の暗さは、室内を見まわして何か適当な物はないかと物色できる状態であつたとはいえないとしており、当審における検証の結果に徴すれば、右原審の判断が明らかに誤つていると認めることはできないので、被告人の弁解は必らずしも不自然であるとはいい難く、してみると、被告人が部屋の中を見まわしたのは盗品の物色のためであつたと断ずることは躊躇すべきであるといわなければならない。なお、また、当審の検証の結果によれば、右物色の対象が被害者らの枕許においてあつた鞄であつたとすることについては、当裁判所も原審と同様これを否定すべきものであると判断する次第である。

次に、被告人が被害者下倉満茂留に目をさまされたので、薪棒で同女を殴打し、次いで目をさました同女の夫敦志を同様薪棒で殴打したことが強盗罪の構成要件である反抗を抑圧するための暴行であると認むべきか否かについては、検察官所論の如く、被告人の検察官に対する供述調書中には、被告人は金品強奪の犯意の下に右薪棒による殴打をしたのではないかと疑うべき供述が存しないではないが、しかしながら、被告人の捜査段階よりの供述及び被害者らの同様捜査段階よりの供述によつて認め得べき被告人の当時の行動は、逮捕を免れ、逃走を全うしようとするに急であつたという印象を与えこそすれ、あくまでも強盗を働くという意思に基づいたものとは解し難いというべきである。すなわち、被告人はこの点につき検察官に「二階に上つて寝ていた娘さんら二人に見つかつた時薪棒で殴つてしまつたのですが、あの時は金を出せというようなことをいおうとしたが、私自身びつくりして声も出ず、とつさに手出しをして殴つてしまつた。」「手前の人が顔を持ち上げるようにして誰かとか泥棒とかいつて叫んだ、それで私は金を出せとか静かにしろとかいうようなことを何かいおうとしたが、ふいに叫び声をたてられたのでびつくりして声が全然でず、いおうと思つた事がいえなかつたのでいきなり薪棒で声をたてた人を殴つてしまつた、その人が声をたてた時女の人だという事がわかつた、女の人を殴つてから隣りに寝ていた人も起き上つたのでその人に対しても薪で何回か殴つた。」といつているものの、その後の検察官に対する供述中では、この薪棒による殴打が金品強奪のための暴行であるか否かについては却つて明確を欠くようになり、原審公判においては、当初において、殴打したのは逃げるためしたことで殴る時には物をとるつもりはないといつていたが、次いで第二回公判では「殴る前に金を出せとか物を出せといわなかつたか」という問に対し「目をさまされてびつくりし喉がからからで声が出なく手がさきに出てしまつた。」と述べているかと思うと、同時に「男がいるからまずいと思い帰ろうとした時女の人が何か叫んだということを記憶している。」「殴りつづけて無抵抗にして物をとろうとの考はなかつた。」「二人に近づくまでは脅して物をとるつもりはあつたが近づいてからはなかつた、近づいた時気がついたら脅してやろうとの気はあつた。男がいるとわかつてそういう気がなくなつた。」とも述べており、第三回公判では「その時被告人は静かにしろとか金を出せとか威し文句をいおうとしたのではないか」との問に対し「いおうとしたのですが声が出なかつたので叩きました。」と答え、「逃げるつもりなら叩かなくてもよいと思うが」との問に対し「声をたてられてびつくりし又私の声が出なかつたために叩いたのだと思います。」と答えているかと思うと「二人ねていることはすぐわかつた、そばにより男女ということがわかつた、まずいと思つた、身をひいたときは取ろうという気はなくなり逃げようと思つた、入つた時は目をさましたら威してとろうと思つていた、実際目をさまされたときそういう気があつたかははつきりしない、声を出そうとした時には取る気はなかつた。」とも答えているのであつて、被告人の被害者らに対する殴打の行為が果して強盗の手段である暴行行為としてなされたものであるか否かについては、必らずしも証拠上明確であるとはいえない筋合である。もつとも、当裁判所としては、前記被告人の供述中検察官に対する「金を出せというようなことをいおうとしたが、声が出ず、とつさに手出しをして殴つてしまつた」という点の供述が自発的供述でなく任意性に欠けるというために、これを罪証の用に供し得ないというのではなく、それらの供述が任意性のあるものであることは、被告人が原審公判廷においても同趣旨の供述を繰り返えしていることからも窺われるが、ただ、被告人としては犯行当時の心境を爾後において十分正確に回想することができなかつたに拘らず、これを想像で補つて供述したため、却つて右の如き不正確にして且つ矛盾した供述をなすに至つたものとの疑問を懐かざるを得ず、その故に右供述はその内容の真実性を疑うべきであるから、この供述をとつてもつて直ちに被告人に財物強取の意思があつたことを決すべきものとするには躊躇すべきものがあるとするのである。果して然らば、被告人の前記暴行が強盗罪の構成要件である暴行であるとは解し難いということに帰する次第であつて、これと結論を同じくする原審の判断は相当であるというべく、この点についての原審の証拠の取捨、選択の作用については、論理、経験の法則にもとり、証拠の評価を誤り、よつて採証の法則に違反したという非難は当らないというべきである。

以上これを要するに、本件は強盗傷人罪を構成するとみるには、証拠上欠けるところがあるというべきであり、原審のいうが如くただ強盗予備罪、住居侵入罪及び傷害罪の成立があるに止まるとみるべきであるが、右各犯罪は本件公訴の提起があつた昭和三十七年三月九日当時においては既に公訴時効完成後であることは、刑事訴訟法第二百五十条第三号に照らし明白であるから、被告人に対し同法第三百三十七条第四号により免訴の判決をした原審の措置は相当であり、論旨は結局理由がないことに帰するものといわなければならない。

(三宅 東 井波)

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